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渡良瀬の明るい未来の象徴

渡良瀬の明るい未来の象徴
This is Watarase Organic Cotton “Wamen”

Watarase Organic Cotton
筆者の手中にしっとりと収まる、畑から摘んできたばかりの和綿のコットンボール。
5月に種をまき、7月に花が咲く。早くて8月から弾ける実の綿は、秋から12月まで収穫する。

 
 渡良瀬川流域の栃木県・藤岡町には、栃木県、茨城県、埼玉県、群馬県の4県にまたがる渡良瀬遊水地が存在する。明治時代、県内の足尾銅山から鉱毒が流出した「足尾銅山鉱毒事件」により、数十年にわたり草木が生えない荒涼とした土地であったという(日本の公害問題の原点という)歴史について事前に知らなければ、今では1700の昆虫や260種の鳥が息づくというこの遊水地の湿地に、かつて大きな被害がもたらされたことを、平成生まれの私は気づかずに、美しく雄大な自然の恵みを享受するにとどまったかもしれない。今回の取材先、渡良瀬エコビレッジは、そこから車で5分弱の距離にある。
 
 事業を始めた経緯について、改めて、渡良瀬エコビレッジ理事長の町田武士さんに話を聞いた。「昭和30年代には、日本人全体が自然と調和した暮らしや、子どもの遊び場とともにあったが、その後生活が急激に変わってきた。渡良瀬流域で(事業を)始めようと思ったのは、その気づきが原点」と話した。武士さんはまた、「環境が悪くなっている」と気付いた自身のターニングポイントが中高生の時だったと振り返る。ちょうどその頃は日本に「公害問題」や「有機農業」が芽生えた時期。鉱毒事件についても知り、自給的な農業が、環境問題解決の一手となるのではないかと考えたという。同じように中高生の時に環境問題と出逢い、自分なりに見出したテーマも「オーガニック」だった私は、武士さんのきっかけにとても共感した。
 
 渡良瀬エコビレッジの活動の今、これまでについては、町田佳子さんに話を伺った。理事長の武士さんは、1974年から農薬や化学肥料を使わない農業に着手。また平成19年(2007年)にNPO法人化するきっかけとなった、里山再生事業に力を入れている。都市生活では薄れてしまう、里山の背後に森があるという意識、「資源を頂いている」感覚を持てるよう、NPO法人として活動を続けて来た。農業体験、料理の提供などを通じ、四季・歳時に合わせた衣食住を提案するイベントには、日頃は自然にほとんど接する機会の無い親子だけでなく、女性同士や、リタイアした男性など、大人だけで訪れるケースもあるという。子どもたちはもちろん、教え導く存在のはずの大人が自然体験の機会を失いつつある現状を、東京の都市生活で身をもって体感している私は、渡良瀬エコビレッジが提案する暮らしのそのものが、教育課題にもアプローチ出来ると考えた。老若男女が緑や生態系と触れあえる場所にアクセスしやすい地域の取り組みは「栃木市環境基本計画※」の基本目標『人と自然がふれあえるまち』に基づいており、SDGs目標11「住み続けられるまちづくりを」の実践例とも捉えられる。※平成25~34年まで適用。
 
渡良瀬エコビレッジで育つもの・つくられるもの

 生態系に配慮する農業で米や野菜作りを行う中で、私が特に注目したのは、日本固有の品種「和綿」の栽培に力を入れていることだった。「オーガニックコットン」ではなく「和綿」の価値を伝えたいという町田さん一家の思いを紐解くと、江戸時代からの日本の気候風土に適していたが、今では絶滅の危惧される在来種(日本古来の品種)としての「和綿」の希少性を知るに至った。9月中旬に訪れた畑で、花は淡く黄色みがかり、真っ白なコットンボールを包む実は下を向いて連なっている。(その風景で、素人の私でも米綿畑との違いがひと目でわかった。)こうして綿花が栽培されている風景を目の当たりにするだけでも、都会で暮らす人間に驚きと新鮮さを与える。
 
 佳子さんからは、「和綿」の価値を見直してもらうための普及活動や、7、8年来提携する企業とTシャツ作りなどのプロジェクトに取り組んできたこと、クラウドファンディングを達成し、支援者へ「和綿」のふとんなどの返礼品を用意していることなどを伺った。新しい取り組みに積極的な一方で、「品質を言葉や記号だけで判断してほしくないから、(うちは)有機の認証はとっていない。」とも話し、消費者に実体験をもって本質を知ってほしい、という栽培家ならではの想いが伝わった。私は「持続可能な」というフレーズが消費者や世の中に浸透する以前から、変わらない姿勢で暮らしを実践してきた渡良瀬エコビレッジで、時代に流されない悠久な時間の流れや価値観の存在を感じた。
 
 最後にもう一度、渡良瀬エコビレッジでつくられる「和綿」の魅力に触れて締め括りたい。これまでインド、アメリカなど、世界最大生産国でつくられるオーガニックコットンばかりに目を向けていた私は、渡良瀬の100年の歴史を白く、明るく変えていく未来の象徴「和綿」に「ここ(日本)でしか見られない」存在価値があると感じた。そして、その魅力を国内外にアピールし、世界に通用する“WAMEN”ブランドに育てたいという思いを込め、“Watarase Organic Cotton”の呼称もつけた。これはオーガニック以上に「渡良瀬育ち」が価値である、という意思表示である。「和綿」で出来た衣服やふとんのある暮らしが私たちの身近になる日はもう少し先かもしれない。けれども、渡良瀬エコビレッジで触れた白く明るい「和綿」のコットンボールから、近い将来、それが実現する可能性を見出すことが出来た。
 
渡良瀬100年
~『渡良瀬100年』(読売新聞社宇都宮支局)第六部「未来へのメッセージ」では、町田武士さんの「有機農業で資源循環」を読むことが出来る。~

訪問先

特定非営利活動法人 渡良瀬エコビレッジ
自然とともにある衣・食・住を提案し、体験の場を提供する栃木県・藤岡町の渡良瀬エコビレッジ。理事長の町田武士氏は1974年から「農薬や化学肥料を使わない農業」に着手。2007年にNPO法人化。米や野菜、和綿作り、近隣の里山維持活動にも取り組むことで首都圏近郊の「循環型の暮らし」発信地となっている。
 
リンク
特定非営利活動法人 渡良瀬エコビレッジ
※渡良瀬エコビレッジでは、施設や農地の見学や農産物直売等は基本的におこなっていないため、来訪、取材の際は事前に連絡が必要です。

記入者

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腰塚 安菜(オーガニックライフスタイリスト)
 1990年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。オーガニックライフスタイリスト。
日本第一号オーガニックコンシェルジュ岡村貴子氏のもと日本最年少(18歳)で資格を取得。2010年、オーガニックライフスタイリストの認定を受ける。
 2011年、末吉里花氏主宰の「フェアトレードコンシェルジュ講座」を修了。
 一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会が主催する「ソーシャルプロダクツ・アワード」(今年度6周年)に第1回から審査員で参加。