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3つの“た” ~多様性・多縁社会・足るを知る者は富む~

レポート第2弾は第1弾では伝え切れなかった部分を掘り下げたいと思います。
 
子どもたちと学びを共有するには
 とよなかESDネットワーク(以下、TEN)の活動では、知識や年齢が違う人たちと接します。たとえ学年が同じでも、子どもたちの成長スピードは一人一人違うもの。またそのときの子どもたちの気持ちにより、あらかじめ考えていたねらいが伝わらないこともあるだろうと思い、そこを聞いてみました。TENさんの回答は「同じ到達点を目指していない」ということでした。学びたい子はもっと学びたいと思い、聞いてくれる子はわかってもらい、聞けない子は聞く姿勢になる。目標は作るけど、全員に「ねらいが伝わる」ことがゴールなのではないそうです。また知識や年齢が違う集団が、違う観点からの意見を話し合うことができます。それが互いに学ぶということなので、バラバラの方がいいとのことでした。出前授業のときは、先生と打ち合わせをしており、先生にも必ず出番があるようにしているとのこと。事後はアンケートでフィードバックをもらい、反省会をして学びを共有しているそうです。
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ESDの目的は差別をなくすことか
 第1弾で書いた「ESDの価値は幸せに生きるということ」をもう少し、掘り下げたいと思います。TENでは、多文化共生、人権、自然など様々なテーマを扱っておられます。それを私は差別を失くすためにしているのだと思っていました。しかし「ESDのミッション=差別を失くすことではない」と聞き驚きました。差別はなくならないかも知れないけれど、人との違いを多様性と受け止めて、立場はちがっても一緒に生きていける人が増えることを目指しているのだそうです。確かにどこから見るかで誰もがマイノリティーになり得ます。差別と感じた時でも、人とのつながりが多く、様々な価値観に出会っていたり、自己肯定感が高かったりする人は、沈んだ気持ちが早く戻るのではないでしょうか。
 私の周りでも劣等感を持ちやすい人は、「こうあるべき」というモノに縛られているような気がします。TENと関わった人は世界や日本の様々な文化や自然や価値観を知り、多世代の人に出会い、たくさん話し合う中で、他者の立場や心情を想像できる寛容な心が育つでしょう。それとともに、「こういう考え方もありだよね」と自分を認められる心の余裕も生まれるのはないでしょうか。
 老子の『足るを知るものは富む』という言葉には様々な解釈がありますが、足るを知るとは、今の自分を認めることと私は解釈しています。今の自分を認めた上で、向上心を持つことが「どんな環境にあっても、誇り(自己肯定感/生きる力)を持って生きて行ける人がたくさんいる」街というTENのミッションにつながると私は考えます。
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取材を終えて
 想いの部分にクローズアップしてレポートしましたが、その他運営のこと、人のこと、お金のこと、広報のこと等々、取材でたくさんのお話を聞かせていただきました。取材の前、「持続可能とは●●という社会の仕組みを作ることで、それを目指している」という回答を得られると私は思っていました。しかし聞いていくうちに、TENの方々は「こうなったらいいな」という社会の仕組みはもちろん意識されていますが、それよりも心(気持ち・メンタル面)の部分を大事にされていることに気づきました。今回の活動を通して、私が「こんな世界が持続可能な社会」という考えがより深まりました。読んでいただいた方も、何か発見があればと思います。

訪問先

特定非営利活動法人 とよなかESDネットワーク
2016年3月1日にNPO法人化。スタッフは、国際、環境、開発、人権、福祉ジェンダーなど、さまざまな分野に対応出来る方が揃う。市民公益活動団体、学校、地域諸団体、企業、商店などをつなぎ、ESDを推進しながら協働を進めていくためのプラットホームとなる団体を目指されている。
豊中の地域資源を活かしながら、互いに学び合ことができるESDプログラムの作成や講師派遣を行っておられる。対象は小学生~シニア世代までは幅広く対応。“水”、“ゴミ”、“ご近所さん”、“料理”、“結婚”など身近なテーマを取り上げ、課題を解決するのではなく、課題を解決できる人を育てるプログラム作りをされている。

記入者

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大橋 寛実(公益社団法人 大阪自然環境保全協会)
大学生時代より、小学校への環境教育の出前授業を始める。卒業後も働きながら、森のようちえんの手伝い、指導者育成、放射能に不安な家族を大阪に1週間招く保養キャンプなど“子どもと自然”に関わる活動を続ける。これまでの活動の中で、「自然の大切さを伝える一方で、自分の日々の暮らしが持続可能ではない」というもやもやが募り、2016年からは田舎のなりわいを学びながら自然に寄り添った暮らしを模索している。