ホーム > 海外の動き > インド・シッキム州の小学校教科書にESDを
  • アジア太平洋
  • 国連機関等
  • 研修
  • 実践事例
インド・シッキム州の小学校教科書にESDを

【海外通信員レポート:インド】
 
[執筆者]望月 要子
(ユネスコMGIEP 政策プログラム長)

 
ユネスコMGIEP(Mahatma Gandhi Institute of Education for Peace and Sustainable Development: マハトマ・ガンジー平和と持続可能な開発のための教育研究所)は、アジア太平洋地域初のユネスコ直轄(カテゴリーI)の研究所です。国連大学ESDスペシャリスト、ユネスコ本部ESD課のプログラム・スペシャリストを経て、SDGsが国連総会で採択された2015年から、ユネスコMGIEPでプログラム・ヘッド(着任当初はカリキュラム・プログラム長、現在は政策プログラム長)としてデリーで働いています。引き続きESDの理論と実践に関する研究活動を続けながら、グローバル・シチズンシップ教育、ユネスコ・バンコク事務所の「ハッピースクール」プロジェクトの第二フェーズ(2019年に日本、タイ、ラオスの3カ国でパイロット予定)など、より広くSDGターゲット4.7の実施に関わっています。
 
MGIEPでは、2016年に、算数教育、理科教育、社会科教育、語学教育など教科教育を通じて社会正義や平和や持続可能性などを推進する活動を長年に渡って展開してきた専門家を世界中から30人ほど集め、インド南部のバンガロールにて専門家会合を開催しました。日本からは筑波大学の数学教育の磯田正美先生にご参加いただきました。この会合では、それぞれの教科に分かれて分科会を作り、主要教科の教科書にESDを主流化するためのマニュアル作成のアイディアを練り始めました。その後、それぞれの国に戻った専門家たちは、ほぼ1年に渡って、頻繁なオンライン会議を通じて執筆を続け、2017年に持続可能な開発のための教科書作成ガイドブック“Textbooks for Sustainable Development: A Guide to Embedding”を完成させました。2017年7月、ユネスコ・ユニセフ共催のSDG4アジア太平洋地域会合APMEDIIIにてガイドブックの出版イベントが開催され、地域の教育政策決定者やユネスコ地域事務所の注目を集めました。ガイドブックは、すでにこのアプローチの実施を希望する主体によって、自主的にロシア語とベトナム語に翻訳されています。
 
01
写真:「持続可能な開発のための教科書」ガイドブックの出版イベント(2017年7月 バンコク)
 
2018年には、チベット、ネパール、ブータンと国境を接するインド北東部のシッキム州にて、このガイドブックに基づいた能力育成活動を開始しました。シッキム州は1975年まで独立の王国だったインドで一番人口が少ない州で、生物多様性豊かな山岳州として、一貫して独自路線を貫き、近年では、インド初の完全に有機農業を実施する州となり、SDGsを全てのセクターに統合することを目指しています。
 
02
写真:シッキム州首都ガントックの山並み
 
インドには、全国教育研究訓練機関(NCERT:National Council of Educational Research and Training)と呼ばれる、教育政策や計画の策定や教員養成に重要な役割を果たす国家機構があり、各州には、州教育研究訓練機関(SCERT)と呼ばれる組織があります。SCERTはNCERTのガイドラインに従いますが、教育制度の施行においてかなりの自由度を持っています。シッキム州SCERTのディレクターからの働きかけで、教科書の質向上支援をすでに約束していたAzim Prenji大学(Azim Prenji氏はインドのビル・ゲイツ的存在。ITで大変成功したビジネスマンで、インドの教育改革支援に力を入れている)とシッキム州とMGIEPの三者連携という形で、シッキム州の教員を含む40名からなる教科書執筆チームの研修を2018年2月、5月、8月に実施することになりました。
 
インドの公立小学校1年から3年までは、算数・英語・環境学(Environmental Studies: 従来の社会科と理科を併せた教科)の3教科のみの課程になり、この3教科全ての教科書改訂作業にMGIEPの専門家チームが関わりました。ESDを主流化するために章立てから各章の構成、執筆、挿絵まで、合計3回の研修とオンライン・サポートを通じて丁寧な議論が重ねられ、2018年末までに教科書の内容改訂作業は終了しました。挿絵はシッキム州のデザイン会社の協力を得て、文化的に適切で学習者が共感できるものにするために最新の注意が払われました。現在、新しい教科書は印刷中で、2019年にはパイロット版が一部の小学校に配布となり、2020年から全ての小学校に配布され、全生徒の手に渡ります。もちろん教科書改訂だけでは十分ではなく、新しい教科書を使いこなすための教師教育や学校文化の変容も求められますが、フォーマル教育にESDを主流化する具体的な第一歩を踏み出したという点で意義深いプロジェクトと自負しています。2019年からは、ベトナムとカザフスタンでも同様の研修を行い、新しい教科書作りにかかわる予定です。
 
03
写真:シッキム州での研修の様子。左端:地理学教育専門家Nadia Lausselet氏(スイス)、左から2番目:科学教育専門家Ronald Johnston氏(英国)、右端、デリー大学教授・理数教育専門家Anita Rampal氏(インド)。