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バンコクで思ったこと―顕在化するESDの必要性

【海外通信員レポート:タイ】
 
[執筆者]塚本 直也
(タイ アジア工科大学(AIT)アジア太平洋地域資源センター センター長)

 
バンコク中心部、BTSスカイトレイン(都市モノレール)のサイアム駅を降り立ち、そびえたつ摩天楼が造り出す近未来的な街並みを見上げると、容赦ない熱帯の日差しに一瞬のめまいが襲う。駅構内の随所に配置された高輝度LEDの広告ディスプレイを横目に、隣接するショッピングモールに熱気を避けて避難する。広大な吹き抜け空間をゆうする巨大なビルの内部は快適というには少し強めの空調が完備され、きらびやかな高級ブランド店が立ち並ぶ。吹き抜け空間を巡る回廊は、購入した品物を抱える国際色豊かな顧客でにぎわい、景気の良さを象徴している。日曜日の渋谷〇急本店で閑古鳥が鳴いている状況とは天地の差だ。タイの一人当たりのGDPは2018年推計で年間7000ドル、日本の4万ドルにははるかに及ばない。しかし、その富は富裕層に集中することにより、物欲市場主義的とも映る社会が生まれている。東京と比較してもはるかに都会的と感じるバンコク中心部で、途上国の気配を感じ取ることは難しい。その一方で、地方に行けば未だ電気や水道のない生活を送る人々も少ないながら存在する。平均的な労働者が150円で昼食をとる一方で、チュラロンコン大学の近くにあるランチが3000円近くする日本料理店はいつも学生で賑わっている。日本ではありえない貧富の格差がこの国にはある。お金持ちにやさしい国、とタイ人は自嘲的に言う。
 
ビルを出て、路面を歩くと雰囲気は一転する。熱帯の蒸し暑さと延々と続く交通渋滞の喧騒の脇で、極採色の飲料、エスニックな料理、果物、衣類、さまざまな屋台が軒を並べる。暑さを紛らわせるためタイの人々は頻繁に冷たい飲料を購入する。まず砕かれた氷をプラスチック・カップにびっちりと詰め、その隙間に注文された飲料を注ぎ込む。プラスチックの蓋をしてストローを差し込み、手の防寒用のプラスチックバックに入れて出来上がり。料理のテイクアウトも盛んで、夕刻ともなると相当数の人々が路上で総菜、スープ、蒸したもち米などを買って帰る。これらは、その場で器用にビニール袋に詰めて輪ゴムで密閉され、プラスチックバックに入れて手渡される。タイ人の食生活はプラスチックによって支えられている。タイで生活していると自分が排出するプラスチックごみの量が半端ないことに愕然とする。そして、それらは決して分別されることはない。
 
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10月を過ぎると乾季が始まり、気温も下がり大気も安定する。スモッグの季節が始まる。朝7時、遅い朝日が昇ったばかりの窓外を眺めると、空はすでにスモッグで覆われている。バンコク市内はもとより、北へ30㎞ほど先のアジア工科大学(AIT)を超えて、スモッグは続いている。特段の匂いは感じないものの、視覚的な迫力は相当なものである。控えめに言って街行く人々の三分の二以上がマスクを付けている。スモッグが数日続くと、気のせいかもしれないが、喉がイガイガと痛くなる。今年は、空気清浄機もマスクもすべて売り切れとなった。5年前の軍事クーデター以後初の総選挙が3月に実施されるため、政府は強い規制を講じることができないと識者は語る。人の命の値段が安いと巷間言われているこの国では、大気汚染の解決よりも経済発展を優先させた方が選挙に有利ということなのだろうか?目に見える対策としては、すべての学校が3日間休校になった程度だ。しかしながら、学校が休みになるとはっきりと体感できるほど自動車交通量が減るのも事実である。公共交通機関がまだまだ弱いことの裏返しかもしれない。
 
持続可能な発展の3要素である経済、社会、環境。日本で暮らしていると、公害問題は終わり、自然保護は一段落し、経済は停滞しつつも一億総中流というぬるま湯の中で、カエルが茹でられるのをじっと待っているような嫌な気分になるが、タイでは、そのどれをとっても目に見える形で問題が差し迫ってくる。環境問題もさることながら、タイでは社会の富の配分の不平等が最大の不安定要因となっている。否応なしにESDは理論ではなく実践が求められるのだが、タイの文化、社会は未だ持続可能な発展を明確には指向していないようにも見える。今後、持続可能な発展に向けた人づくりを精力的に進める必要がある。タイに期待できることは、ASEAN随一といわれる就学率の高さである。小中学校でほぼ100%、大学で約50%。これは日本とほぼ同程度であり、GDPに比してもいかにタイの進学率が高いかが伺える。高い教育水準、そして顕在化した社会問題の存在に鑑みれば、今後、持続可能な社会への変革に必要な人づくりが急速に進む可能性がある。政策はその時々の風を読んで打たれるものだが、思想は一貫し、かつ、教育によってのみ形成される。タイの次世代を担う若者たちのESDによる成長を切に願う。