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ドイツにおける外国人の社会統合について

【海外通信員レポート:ドイツ】
 
[執筆者]駒林 歩美
(ドイツ在住コンサルタント)

 
2015年にシリア等からの大量の難民受け入れを決定したドイツ。現在ドイツで暮らし、移民の社会統合政策の一環であるドイツ語コースを受講する筆者から、移民の社会統合について考えることをお伝えしたい。
 
私は平日毎日朝早くから4時間、全てドイツ語で展開される授業を受けている。ドイツ語で書かれたテキストやプリントを使い、教員ともクラスメイトともドイツ語で話す。初めの数日はドイツ語を全く理解せず、何が起きているかさえわからない「劣等生」であった私も、5ヶ月間日々授業と宿題をこなすうちに、簡単な会話がドイツ語で出来るまでに上達した。
 
このコースはインタグレーションコースと呼ばれ、7ヶ月間で600時間をドイツ語、100時間をドイツの社会・政治の学習にあて、B1という6段階で下から3つまでの言語レベルの習得を目指す。(イメージとしては日本でいう中学英語レベル程度)殆どの受講者の受講料の半額もしくは全額をドイツ政府が負担する制度である。(半額負担の受講者は、最後の試験に合格すれば、さらに半額が返還される)
 
授業は基本的には時間数、到達度と合格基準が定まっているだけで、進め方、教材等は教員の裁量による。外国語としてのドイツ語の教科書はたくさんの種類が存在するが、私が使っているものは非常に実用的で、日常の暮らしや仕事に関する基礎的なドイツ語の文法から会話までがまとまっている。そして担当教員は非常に熱心で、たくさんの宿題や単語テスト、プレゼンテーションなどが課される、それなりに骨の折れる内容だ。
 
そして20名強の受講者の共通項は「移民」というだけで、その属性は非常に多様だ。出身国は、シリア、イラン、イラク、アフガニスタン、トルコ、エストニア、ナイジェリア、南アフリカ、ロシア、セルビア、ボスニア、カザフスタン、ポーランド、グルジア、ブラジル、ベネズエラ、インド、ベトナムに日本。
 
今までも欧米の大学院で学んできたので、クラスメイトの多様性にはそれほど驚かないものの、その他の属性の多様さには驚かされる。私のように知的労働者の配偶者としてドイツに来た人、自国で投獄されていたという政治難民、中東やアフリカから戦乱を逃れて来た難民申請者、東欧からの移民、シングルマザー、ドイツ人と結婚して移住して来た人など、属性も職業も様々だ。教育レベルも多様で、私以外にも修士号を持っている人もいれば、戦争で学校に数年しか通えなかったという人もいる。そのため、言語を学ぶという基礎的な学習に対する姿勢や理解度が非常に大きく異なり、運営は簡単ではなさそうだ。
 
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共にインタグレーションコースに通う、多様なクラスメイト

 
この社会統合コースというのは、2000年代になってドイツで制度が整ったもので、60年代に始まる移民受け入れの拡大、その統合の失敗に対する反省などから始まった。ドイツは戦後復興で不足する労働力を、南欧やトルコなどからの労働者で補ったものの、トルコ人は家族を呼び寄せてドイツに残った。また、旧ソ連等に移住したドイツ人の子孫の帰化政策が80年代から取られ、ドイツの言語・文化を理解しない人口が急増したのを受けて、90年代から移民受け入れの多い近隣国で実施していたプログラムをモデルとし、言語と社会について学ぶという本プログラムがドイツでも設立されたそうだ。近年の急激な移民難民の増加でそのニーズがますます増加している。私は小都市にいるので何とか受講することができたが、大都市では多くの言語学校などに実施が委託されているにも関わらず、提供数が受講希望者の数に追いついていないとも聞く。
 
 
 
ドイツの出生率は日本に負けず低く、少子高齢化は急速に進行し、2015年のドイツ労働市場・職業研究所の試算では、2050年まで毎年27万人から49万人程度の労働者を受け入れなくては、労働力が不足するとされる。若年層が増えなければ社会保障制度も年金制度も存続が難しい。
 
ドイツはこれまでもEU諸国をはじめ、他国から積極的に外国人を受け入れ、人口の14.8%は外国人であるとされるが(2017年の国連推計による。なお日本の外国人割合は2018年で1.76%)、それでも不足する労働力を補うには十分ではないようだ。
 
ドイツが2015年以降、何百万人も難民を受け入れたのは、この労働力不足の解決に資することも期待していたと言われる。難民にはドイツ語、様々な職業訓練等が無償で提供され、就業支援を通じて、社会を構成する労働者になることが求められる。 私のクラスメイトの家族も、中部アフリカからサハラ砂漠、地中海を乗り越えてドイツに数年前に入国し、それからドイツ語を学び、今では工場で働いているそうだ。
 
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筆者の住む地域にある、難民向けの訓練のパンフレット

 
 
しかしながら、中東などから来る難民の多くはアルファベットを学ぶところから始めなくてはならないし、そもそも就労に対する考え方、生活スタイルもドイツのそれとは大きく異なるので、ドイツで労働者・納税者になるまでには長い道のりが必要になる。実際にかなりの割合が保護受給者にとどまり、現在も失業保険の全体受給者の10%以上がシリア出身者だそうだ。
私が一緒に学ぶのは、多少なりともドイツで就労している人が大半だが、それでも受講者間の学習への意欲が大きく異なる。自国での教育レベルも低く、ドイツ語の学習にもなかなか集中できない受講者を見ていると、言語もそうだが、全く異なる環境からやって来て、先進国の社会に馴染むこと自体が難しそうだ。
 
このような大量の難民受け入れに対しては反発もある。特に旧東独地域で躍進する極右政党AfDは難民受け入れに強く反対する。実際、ドイツ政府の財政負担は一気に増大し、多くの州政府が悲鳴を上げ、連邦政府に支援を求めるというニュースも目にするし、社会の急激な変化に対してはネガティブな感情を持つ人も少なくないはずだ。
一方で、私の周囲には難民受け入れにおける課題を認識しつつも、受け入れは当然と考えるドイツ人も少なくない。そして何より、外国人労働者の積極的な受け入れに対しては、人口減少に対して、社会の継続のために必須であるという、一定のコンセンサスが社会にあるように感じられる。
 
労働人口が減少する一方の現在の日本では、2030年に労働力は644万人不足し(2018年パーソル総合研究所と中央大学推計)、2050年までに人口が25%減るとされている(総務省推計)。それに対しての手立てが十分取られているとは全く言えない現状だ。
苦戦しながらも、目の前に迫り来る危機に立ち向かおうとしているドイツから、日本社会は多くを学ぶことが出来るのではないだろうか。