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コロラド州ボルダー市のサステナビリティとESDに関する取り組み

【海外通信員レポート:アメリカ合衆国】
 
[執筆者]マコーリー 塩田 恭子
(Future Earth, Program Coordinator)

 
コロラド州ボルダー市のサステナビリティとESDに関する取り組み
 
東京で育った私がアメリカ、コロラド州に引っ越してから気づけば2年半以上が経とうとしています。電車でどこでもいける、何でも手に入る生活から、車がないとどこにも行けない、人が少ない場所に慣れるまで随分と時間を要しました。今でも東京の生活が恋しくなることがありますが、愛犬とロッキー山脈を眺めながら散歩する生活は東京にはない豊かな時間で、ゆっくりと時間が流れるコロラド生活を楽しんでいます。
 
コロラドとは?
 
コロラド州がどこにあるのかご存知ない方も多いのではないかと思います。ロッキー山脈の麓にあり、州都のデンバーはMile High Cityと呼ばれ、その名の通り、標高が1マイル(1609メートル)あります。人口は約70万人です。私の住むボルダー市はデンバーの北にあり、人口は約11万人です。ロッキー山脈に近くなり、標高がさらに高くなるためスポーツ選手が高地トレーニングでよく訪れます。教育水準も非常に高く、コロラド州全体では学士号以上を取得している25歳以上の成人人口が41.2%と、マサチューセッツ州の43.4%に次いで全米第2位の教育水準となっています 。市レベルでも、ボルダー市の住民が平均で16.77年の教育を受けているとのことで、ケンブリッジ、アナーバーに次いで全米第3位となっています 。また年間300日以上は晴れると言われ、天候に恵まれています。全米住みたい街ランキングでもデンバーやコロラドスプリングスが第2位、第3位になるほど、最近人気が出てきています 。
 
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コロラド州に来て一番衝撃的だったのは、野生動物、それも東京では出会わない大きさの動物が住んでいることです。地図を見てもわかるように州の多くは山に囲まれています。私の家からも1時間車で移動すればロッキー山脈国立公園や州立公園に行くことができます。山にはクマ、エルク、ムース、キツネ、マウンテンライオン(ピューマ)、ボブキャットなどの動物が生息し、私の家の周りにはコヨーテやフクロウ、ワシやタカなどが生息しています。このような自然豊かな環境からアウトドアが人気で、多くの人がサイクリングやハイキングをしています。デンバーやボルダーなどの都市部でもオープンスペースと呼ばれる開発されずに環境が保護されている場所も多く、そこには遊歩道が整備されているので犬の散歩にも困ることはありません。コロラドの人はこのような自然が身近にある環境で暮らしているため、環境問題に関して意識が高いように思います。
 
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コロラド州の環境問題とボルダー市のサステナビリティに関する取り組み
 
コロラド州には様々な環境問題があります。コロラド州は天然ガスと石油が豊富で、州の天然ガスの生産量は全米でトップ5に入り、石油の生産量は全米の総原油生産量の約4%を占めています 。採掘による大気汚染や水質汚染は懸念されていますが、これらの産業による雇用も多く、現状をなかなか変えられていないのが現実です。2018年には石油やガスの掘削活動を住宅地などから遠ざけることを義務付ける規制の賛否を問う住民投票が行われましたが、デンバー市長が反対票を投じるように呼びかけていたものの賛成が過半数に届かず拒否されています 。ボルダー市近郊でも住宅のすぐ近くで採掘している箇所がいくつもあります。
 
大気汚染も深刻です。地上オゾン濃度が高くなるとオゾンアラートというのが出されるのですが、コロラド州では年々増えており2018年に52回発令されています 。濃度の高さにより全ての人に外出を控えるように呼びかけられたり、お年寄りや子どもは特に注意するようにと呼びかけられたりします。全米肺協会(American Lung Association)はデンバーの大気が全米で12番目に悪いと報告しています 。空気が悪い時にはロッキー山脈が見えなくなることもあり、大気汚染を日々の生活の中で実感しています。
 
このような状況に対し、政府も取り組みを始めています。2019年5月にはコロラド州のポリス知事が2040年までに電力供給を100%再生可能エネルギーにするための一連の法案に署名しました 。また、ボルダー市も2030年までに電力供給を100%再生可能エネルギーにすること、また2050年までに温室効果ガスを2005年レベルから少なくとも80%削減することを目標に掲げています。エネルギー効率の良い建物の建築や電気自動車が推奨され、太陽光発電、風力発電、水力発電も実施されています。中でも風力発電は2017年の再生可能エネルギーによる発電の約75%を占めており 、様々なところで風力タービンを目にします。スーパーは地産地消を推進し、コンポストを設置、紙袋やエコバッグの利用も多く見られます。ソーラーパネルを設置している家庭も多く、電気自動車もよく走っています。充電する場所も多く設置されています。
 
ボルダー市ではエネルギー、資源、エコシステムの3つの分野に特化して取り組みをしています。エネルギー分野では太陽光発電に必要なソーラーパネルの購入費を抑えたり、購入を促進するために、ボルダー郡と連携しながら個人ではなく集団で購入できるようにしたり、化石燃料を使わないクリーンなエネルギーを使う建築物の建設を推進しています。資源分野では廃棄物を減らすこと(Reduce)、再利用すること(Reuse)、法整備などのインフラやシステムを再デザイン(Redesign)することによって2030年までに廃棄物の90%を埋立て処分せずに循環すること、2050年までに廃棄物をゼロ(Zero Waste)にすることを目標にしています 。またエコシステム分野では気候変動と食料・農業の関係性にも着目し、なるべく環境に優しい食事(肉の消費を控えること)を推奨したり、ファーマーズマーケットを実施し地産地消を推奨したり、コミュニティガーデンを設置したりしています。さらにオーガニックでサステナブルな農業も推奨し、それらの取り組みをモニタリングしています。このような取り組みにコミュニティも巻き込み、市と住民の対話シリーズを実施したり、中高生による環境への取り組みを表彰するBoCO Youth Climate Challengesというキャンペーンも実施しています。ボルダー市はこのような取り組みから全米でも環境都市として位置づけられています。
 
コロラド大学ボルダー校(CU Boulder)でのESD
 
さらにボルダー市にはコロラド大学ボルダー校という州立の総合大学があります。学生数は約3万6000人で、サステナビリティに関する研究や人材育成が活発にされており、ボルダー市のサステナビリティに関する活動において重要なアクターの一つとなっています。私が所属するリサーチ・プラットフォーム、Future Earthの事務所や、学生が中心となって環境に関する活動を実施するEnvironmental Centerもあります。
 
そのEnvironmental Centerは1970年に学生によって設立され、毎年コロラド大学からの資金、約1.3億ドルの予算で「エネルギーと気候正義(Climate Justice)」、「廃棄物ゼロ(Zero Waste )」、「交通」、「CU全体のサステナビリティの促進(Greening CU)」、「応用学習(Applied Learning)」の5つのテーマのもとに様々なESD活動が展開されています。活動に参加する学生はスタッフとしてお給料が支払われており、 Environmental Centerは学費のローン支払いを援助すると同時に大学で学んでいることを現場で実施して学習してもらう機会を与えています。数ある活動の中から興味深い活動について担当者の方にお話を伺いましたのでご紹介したいと思います。
 
• FLOWS Water Leaders Program
このプログラムでは学生が低所得者向け住宅を訪問し、各家庭でエネルギーがどう使われているかを評価し、さらにエネルギー効率を良くするのはどうしたらいいのかアドバイスしています。Boulder Housing Partners (BHP)というボルダー市において低所得者向けの公共住宅を提供している団体とパートナーシップを組み、各家庭を訪問しています。今までに412の家庭を訪問し、412のLEDライトを設置、302の給水器具(水を使いすぎないシャワーヘッド等)を設置、1160人の住民の生活に影響を与えたと報告しています 。電気や給水器具は無料で提供しており、よりエネルギー効率のよい家にすると共に生活の仕方までアドバイスしています。またコロラドのラジオ局であるKGNUはこの活動をサポートしており、ウェブサイトで詳しく学生の活動を紹介しています 。
 
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• Green Labs
この活動はCUの研究室を対象にしたもので、研究室からの廃棄物を減らしたり、使用する機器によるエネルギー消費を低くするための活動です。CU全体の電気と水の消費の約43%は研究室によるものとのことで、研究室から出される大量の鉄や紙、ガラス等の廃棄物のリサイクルや、使用されるフリーザー等の機器のエネルギー効率を良くする必要があると考えた人たちで2009年から活動が開始されました。その活動が徐々に広がり、今ではこの活動に参加する研究室は約400あるとのことです。
 
この活動ではEco Leaderというこの活動を牽引していく学生を育成するトレーニングが実施され、彼らが各研究室で資源の効率的な利用方法をモニターしています。2009年から2019年までに628,000ドル分(約6,873万円分)の電気、108,000ドル分(約1,182万円)の水、2,350ガロン(約8,895リットル)の研究に使われる溶剤が再利用されたと報告しています 。今後進めたい分野は研究室の機器の共有で、各研究室で購入する機器を共有することで、購入自体を減らし、資源の有効利用をすることを推進していきたいとのことです。この活動ではThis is my lab(これは私の研究室だ)という意識を変えていくことが一番重要で、尚且つ時間のかかるところだと担当者の方がお話されていました。
 
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• 気候正義に関するリーダーシッププログラム
CUではサステナビリティを促進するには環境問題だけではなく、公正さ(Equity)にも同時に取り組む必要があると考え、学生向けの気候正義に関するリーダーシッププログラムが実施されています 。このプログラムは一学期に渡り実施され、どの学部に属していても参加できるようになっています。環境学を学ぶ生徒だけでなく、他の分野を専攻する学生にも気候正義の視点をもって問題に取り組んでほしいとの思いからどの学生にもオープンに提供されているそうです。コースで学生はリーダーシップスキルに加えて、環境問題に取り組む上で社会問題にも配慮する必要性について学びます。特にアメリカでは人種差別や移民、所得格差の問題がありますが、環境問題がどのように社会的に脆弱なグループに影響を与えているか、考えるきっかけを与えています。公園のない場所、住宅の横に高速道路が建設され大気汚染の中暮らす人たち、水が汚染された場所に住む人たちなど、白人や高所得者層が受けている環境的恩恵を受けていない人たちの状況について取り上げ、なぜそういうことが起きるのか、なぜその人たちへの配慮が必要なのか、環境問題をすべての人にとって解決するということはどういうことなのか、等、気候正義の活動家を迎えてワークショップ形式で対話を展開していきます。コース終了後には修了証が授与されます。サステナビリティに関する様々な活動や取り組みが環境に焦点を充てている中で、社会経済との横断的課題に取り組むプログラムになっています。
 
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最後に
 
パリ協定からの離脱等、国全体ではサステナビリティに関して根深い問題を抱えているアメリカですが、州によっては環境問題に先進的な取り組みをしているところがあります。コロラド州はエネルギー、森林火災、大気汚染などの問題を抱えながらも、再生可能エネルギーに積極的に取り組むなど、温暖化を食い止めるために対策をとっている州でもあります。州レベル、市レベルで政策を制定し、大学や企業と協働しながらサステナブルな社会を構築するため行動を起こしています。今回、CUやボルダー市の取り組みを学ぶ中で政治的なリーダーシップの重要性と共に、特に学生などのボランティアで始まる活動がいかにコミュニティを変えていけるのか、実感できたように思います。意志をもった人たちが継続的に活動してきた結果、活動が時間をかけて徐々に広がっていったことがわかりました。CUの学生による活動はシンプルでもいいから行動してみる、そこから少しずつ社会が変わっていくことを示してくれているように思います。温暖化による異常気象は日本を含め世界各地で頻繁に見られるようになりました。もはや残された時間はないと国連機関もあらゆるレベルの人たちに行動を呼びかけています。先日開催されたCOP25では期待された成果が出ませんでしたが、政府だけではサステナブルな社会は構築できません。毎日の日常生活の中で地球資源を使いながら生きている私たち一人一人が変わることで持続可能な社会が実現されるのではないかと思います。私も生活を見直し、出来ることから行動に移していきたいと思います。