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地域に根付くESD―イギリスの学校教育と教会の活動

【海外通信員レポート:イギリス】
 
[執筆者]河野 明日香
(名古屋大学大学院教育発達科学研究科 / ケンブリッジ大学教育学部客員研究員)

 
 EU離脱(Brexit)で揺れたイギリス。その環境問題の歴史は長く、14世紀には既に問題になっていた大気汚染や産業革命に伴い引き起こされた環境問題に対応するため、さまざまな環境政策がとられてきた。1990年には環境関係法令を統合するため環境保護法が整備され、以後今日まで政府、各自治体、民間団体などによる多様な環境政策、活動が展開されている。本稿では、地域に根付くESDの事例として、特にイングランドの学校教育と教会の諸活動について取り上げ、ESDの現状と課題を考えてみたい。
 まず、学校教育におけるESDであるが、さまざまな教科にESDの要素が取り入れられている。例えば、小学校を覗いてみると、学校の菜園で農作業を行ったり、フォレストスクールという活動を通し自然環境のなかで多様な体験をするなどユニークな活動が多い。また、教材の本がリサイクルに関してであったり、ブリティッシュサイエンスウィークで気候変動について考察したりと、授業内外でESDに触れる機会が多く準備されている。学校で行う製作でも、お菓子の空き箱やペットボトルなどの廃材を利用しているのがよく見られるし、廃材を用いて街のランドマークの製作を行う、というような宿題が課されることもある。子どもたちは学校での非日常的体験や楽しい創作活動、じっくりと考える経験や家庭学習を通し、直接的また間接的にESDに接し、環境などについて学んでいる。
 
 
写真1 廃材を活用した小学校の製作

廃材を活用した小学校の製作。廃材は家庭から子どもたちが学校に持ち寄る。(筆者撮影)

 
 
 一方、地域に点在する教会でも興味深い活動が行われている。「イギリスでは、どんなに小さな町や村でも、パブと教会は必ずある」などといわれるように、教会はイギリス人の生活と深いつながりがあり、多くの人々にとって大切な地域の施設である。ケンブリッジ市にも多くの教会があり、日々多様な活動を行っている。特に、クリスマスの時期はさまざまなイベントが開催され、教区の人々をはじめとして多くの人が教会に集い、クリスマスキャロルやキリスト降誕の劇、12月25日の祝いに参加する。各イベントでは、イギリス伝統のクリスマス菓子ミンスパイ、ホットワイン、コーヒーや紅茶などが無料で振る舞われ、人々の重要な交流の場ともなっている。
 ケンブリッジ市内のある教会では、前出のクリスマスや宗教行事、毎週の礼拝の他、エコロジーに関する活動も推進している。教会のホームページでは教会のエコロジー活動の理念が掲載されている。また、会員がより持続可能な生活を送れるよう支援するため、ブログやウェブサイトの紹介も行っている。この教会のエコロジー活動について尋ねたところ、「エコチャーチ(Eco-church)」という活動に参加している、とのことであった。「エコチャーチ」とは、A Rochaというキリスト教系の環境組織(A Rochaや「エコチャーチ」の活動に関しては、arocha.org.uk及びecochurch.arocha.org.ukを参照。)が運営する賞事業のことで、この教会には最近「ブロンズエコチャーチ」の賞が授与されたという。ケンブリッジ市内でも、同活動に登録している複数の教会があり、「ブロンズエコチャーチ」を授与されている教会も複数存在する。当該教会によると、「ブロンズエコチャーチ」を獲得するために、教会の活動における「礼拝と教え」「教会の建物の管理」「教会の土地の管理」「コミュニティとグローバルエンゲージメント」「ライフスタイル」の5分野で活動を推進してきたそうである。これらの5分野の活動が評価され、「ブロンズ」レベルの賞を得ることができた、とのことであった。さらに、Sustainable LivingというFacebookグループで、より持続可能な生活を送るための考えやアイデアをメンバーで共有できるようにしている。
 現在のイギリスでは、ごみの分別やレジ袋の有料化などをはじめとした環境に配慮した活動が人々の生活に浸透し、今や生活の一部となっているように感じられる。前出の学校教育や教会などを含めた地域社会での取り組みが成果を出していると推測される。
 
 
写真2 路上に設置されたごみ箱

路上に設置されたごみ箱。リサイクルとそれ以外のごみに分別されている。(筆者撮影)

 
 
 一方で、イギリスにおけるESDの課題も残存する。たばこの吸い殻の散乱はその一例で、屋内での禁煙は徹底されている場所が多いのに対し、屋外のさまざまなところでの喫煙が見られる。そのため、路上にたばこの吸い殻が多く捨てられている現状がある。また、噛んだ後のガムが歩道に捨てられ固まっていたりと、環境に対する意識の差が広がっているように感じた。
 今ある現状をよりよいものに発展させていくために、私たちは何ができるのだろうか。また、何をすることが必要なのだろうか。イギリスの現状を目の当たりにする度に、まずは成果を共有し、環境対策を立てると同時に、人々の環境に対する意識の差を埋めていくことが必要ではないかと感じている。そのためには、本稿で着目した学校教育や教会など地域社会で展開されているESDの取り組みをより進めていくことが重要である。現在のイギリスは、環境問題に対する成果と人々の意識の差の課題という両側面を私たちに提示しているのである。